2013.09.11ASEANの今を読む

2013.0905.jpgのサムネール画像 バンコク(タイ)のスワンナブーム国際空港から飛行機で1時間25分(時差30分)、ミャンマーのヤンゴンに到着、ベトナムのホー・チ・ミン辺りと同じひどく古い空港を想定していましたが、(少しサイズは小さいけれど)最新の空港に驚きです。このあたりからミャンマーを計る物差しが上手く作動しない?何かが違う?という気持ちでの入国でした。


 

 

2013.0906.jpgのサムネール画像 1962年発足したネ・ウィン政権以降2011年3月に現在のテイン・セイン大統領が就任するまでほぼ50年間に亘って社会主義による閉鎖経済が続けられてきた結果、1987年には国連から後発開発途上国(もっとも貧しい国)という認定を受け今日に至っているミャンマーです。

 

 

 

50年間の鎖国の影響は?2013.0901.jpgのサムネール画像
 まずはミャンマーの中央駅です・・・
立派な駅はある、人もいる、しかし電車はほとんどの人が使わない、これが今のヤンゴンの姿です。
 何故使わない?線路も駅も少ししかないから!  なるほど。
通勤通学は満員のバス10円ほど、地元の屋台食20円くらい、渋滞がひどいので氷は自転車で。
 取り敢えずここまでが、今のヤンゴンです。因みにほとんどの車にはエアコンがついていません。 

 

 

 

 2013.0911.jpgのサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像特別な国、ミャンマー
 少し歴史を紐解きますと、ビルマ歴というのが西暦638年から開始となっていることから、このあたりが歴史上の始まりと考えられます。
 その後11世紀にはビルマ統一王朝ができ、タイからインド、雲南までの広大な領域を支配、しかしながら1826年から1948年の100年以上に亘り英国の統治を受け続けました。
 第二次世界大戦のさなか、ビルマの反英独立運動の中心メンバーであるビルマ独立義勇軍の30人の英雄たちを日本軍が支援することで、(結果的に)英国からの独立を手にすることができたのです。
(今のアウンサン・スーチー女史の父もこのメンバーの一人として建国にあたり、1947年に2歳のスーチーを残して32歳の若さで虐殺に会いました。)
かつて植民地として支配してきたイギリスでは、大英帝国の植民地の中で最もIQ=知能指数が高かったと公言しています。

 

 

 

 2013.09012.jpgのサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像ミャンマー(人)の特徴
1.治安の良さは世界一とも
2.世界一の親日国家
3.英語を話す
4.封印された能力の高さ(例:すでにヤンゴン市内はオートバイ禁止、他のアジアから学んでいる?)

5.仏教徒90%、
6.食料自給率100%以上、豊富な天然資源
7.国民6,000万人、国土面積は日本の1.8倍
2015年はミャンマー復活の始まり

 

 2013.09013.jpgのサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像

 2011年の開放政策以降、報道の自由化に始まり、外貨取引の自由化、外国企業進出の自由化など普通の国で起きる10年分を、同時並行でそれも1年で変えているのが今のミャンマーです。
ティラワの工業団地(2015)やヤンゴンの新空港(2017)、外環道路などのインフラ整備も急ピッチで進められています。

 

2013.0914.jpg 2015年は大統領選挙があり、アウンサン・スーチーさん率いる国民民主連盟の動きに注目が集まっています。同時に2015年にはアセアン経済統合が図られるという外部環境もミャンマーの自由化を促す大きなエンジンであることも見逃せません。
 その他ミャンマー証券取引所も2015年開所にむけ日本勢が受託しています。続く・・

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